スナップ・風景・まち・・・そして写真

conv0001_20210301195429477.jpg


薔薇の花は不足気味 201014

どれか写真をクリックすると「アルバム」のページが開きます。<>で次の写真が見れます。写真をクリックすると大きくなり、もう一度クリックすると元の大きさに戻ります。

レタッチで遊んでみましたが。


conv0080_202103031057300f5.jpg


レタッチでいろいろいじくっていたらこんなふうになりました。
レタッチは楽しいですし、面白いです。

何だか作品ぽくなりましたが、それがどうした?といえば
それまでなんですね。

ちゃんとした目的意識みたいなものがなければ
楽しかっただけで終わってしまう気がします。




にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村へ

↑↑写真のブログランキングに参加しています。
クリックは記事更新の励みになり、とてもうれしいです。


写真初心者の人と「構図法信仰」について


conv0038_20210302114302d04.jpg



conv0103_20210302114304850.jpg



conv0108_20210302114307b0e.jpg


前回の記事で書いた「構図信仰」は正確には「構図法信仰」のことです。

いろんな「構図法」をマスターすれば確かに写真は上手くなるのですが
初心者がいきなり「構図法」の勉強をすることには少し引っかかります。
「写真撮影」=「構図法に基づいて撮ること」と言う思い込みを生み出すからです。

写真は映像ですから構図そのものです。
「構図法」の構図はその中の一部の客観的な解説でしかありません。
言い過ぎかもしれませんが「構図法」というのはニュートラル(?)で無味乾燥な
理屈に過ぎないのです。

私は写真における構図は写真家自身のことだと思っています。
簡単に言うとその写真家のバランス感覚=個性みたいなものだと思うのです。

それをいわゆる「構図法」といっしょにしようとしたり、
「構図法」に無理やり当てはめようとすることは、どうなんだろうと思います。

「構図法」はある程度写真撮影でいろいろ試行錯誤を繰り返した人が
自分の撮影スタイルをチェックする時の参考にするために勉強するものだと
思っています。

これは私の独断と偏見なのですが写真初心者の人は
最初は自分の思うように撮ることを重視したほうがいいと思っています。
思うようにと言うか「自分はこれでもいい、こうではないかと思う」と決めつけて
ともかくたくさん撮るということですね。

そうすることで自分のクセ、モノの見方の片寄りみたいなものが
分かってくると思います。

それがその人自身の「構図」だと思うのです。
あとどうするかはそれぞれ自分で考えるしかないと思います。

その時に本を読んだり、ベテランの人や先生の写真観を聞いたリ、
写真仲間と話し合ったりすればヒントをもらえるかもしれません。

初心者がいきなり「構図法」をマスターしてしまうと
「写真という世界」の一部である「上手な写真国」から脱出するのが難しくなる気がします。
ただその国はかなりの大国なので、その国に暮らすのもいいことかもしれません。

どうするかは各自が決めるしかないと思います。
その国に暮らしていて呼吸が楽ならそれでいいのではないでしょうか。




にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村へ

↑↑写真のブログランキングに参加しています。
クリックは記事更新の励みになり、とてもうれしいです。


特別と普通・「ガーリーフォト」から「カメラ女子」へで、あいまいになったこと


conv0143_20210301114642e2e.jpg



conv0080_20210301114640481.jpg



conv0070_2021030111463784c.jpg


普通は退屈なモノかもしれませんが、写真は特別なモノではなく
普通のモノを撮っても面白くできると思います。

そのことをかつて「ガーリーフォト」の人たちが気付かせてくれたのですが、
「カメラ女子」の「ゆるかわ」となったことで、あいまいになった気がします。

特別の持つ「きつさ」から普通の持つ「ゆるさ」へ目を向けたのはいいのですが
「ゆるさ」を「かわいさ」だけに限定してしまった気がします。
ゆるめ過ぎたというのでしょうか。

いっぽう、特別の持つ刺激は最初のうちは快感かもしれませんが、やがて慣れてしまい
さらに強烈なものを人は求めようとします。
例えは違うかもしれませんが「激辛」みたいに。

いずれにしても写真に関して言えば、特別なモノに関わればいいという
「特別信仰」から覚めてもいい時が来ていると思います。
たとえば「構図信仰」「決定的瞬間信仰」「機材信仰」「被写体信仰」などです。

それらがどうでもいいとか、軽視しましょうと言っているのではなく
それらを絶対視しなくてもいいのでは、ということなんですね。

特別にこだわると写真という世界がとても狭くなってしまい、
せっかくの写真の面白さが逃げて行ってしまう気がするのです。




にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村へ

↑↑写真のブログランキングに参加しています。
クリックは記事更新の励みになり、とてもうれしいです。